痴漢をひとつの刑事事件ではなく、ひとつの撲滅できる犯罪として捉える世論を

超満員電車での痴漢行為は、意図的なのかたまたまなのか判別しにくいが状況、しかし被害者にとっては大きなトラウマとなる

痴漢

日本の首都である東京や、産業の都市である大阪では、公共交通機関の利用が主な移動手段になっていて、そのなかでも特に、電車というものが多く使われています。僕は去年、初めて大都市の通勤時間に電車を利用しました。その時のお話と、僕の友人から聞いた話をします。
まず、僕が去年、大阪の京橋から、大阪駅まで、大阪環状線という路線を利用した時の話です。初めて乗る超満員電車で、訳あってキャリーバックを持って乗車したのですが、そのなかは常におしくらまんじゅうで、僕は人と人とに浮かされていました。そのときに気になったのが、痴漢行為です。このようなぎゅうぎゅう詰めの車内で、手を下にしていたら、わざとでなくても当たってしまうのではないかと思いました。それは同時に、わざとであっても言い訳が言える状況であるということです。
よく痴漢で捕まったというニュースを見ますが、意図的にしているかどうかなんて、あのような車内であったら、あまりわからないのではないかと思いました。手が触れたから、何かが当たって、たまたま手があったから、という理由で捕まるのは、男性からすれば理不尽な話だと思いました。
また僕の友人は、中学生のときに、車内で見知らぬ男性からお金を渡され、触られた、つまり痴漢に遭い、それから環状線を乗るたびにそのときの事を思い出すそうです。そのため、今では環状線を乗らない方法で移動しているそうです。

世論をつくり、そして味方にすれば、この犯罪行為は必ず撲滅できるのでは?

このように、被害に遭った女性が、何故さらに苦しまなければならないのでしょうか。よく世間の人々は、裁判をして、裁かれるべきであると言いますが、果たして裁判で裁かれ、その女性の思いは晴れることがあるのでしょうか。トラウマが無くなるのでしょうか。僕はそうは思いません。
しかし、現状そのような女性は毎日増えています。あるいは我慢している方々も増えているでしょう。刑事事件として裁判を行っても、増え続けるだけなんです。では、どうすべきか。世論で撲滅するしかないと思います。
刑事事件だから、裁判を開き、裁判によって裁かれることが最も正しい、という世論があるから、裁判は成り立ってるとも言えます。裁くのは世論ではなく、裁判官であるにも関わらず、世論が人を裁いているように見えるのは何故でしょうか。それは世論の影響力、人間の集団に所属しようとする心理からだと思います。
だから、世論をつくり、そして味方にすれば、この犯罪行為は、必ず撲滅できると思います。まずは、目の前の犯罪を見過ごさずに、一人一人が意識することです。そこから、この犯罪は減っていき、撲滅できるのではないでしょうか。